94.平井さん、見いつけた

「ローマへ行った四人の少年」　
　乙貴小史（平井呈一）東光堂　初版
　昭和19年5月10日　47,250円

　これは英米文学、主に怪奇幻想小説の第一人者で、紀田順一郎や荒俣宏の師匠としても知られる平井呈一の著作。天正遣欧少年使節を題材とした児童向け読物です。戦前の著者の仕事で、翻訳以外で単行本になった唯一の著作と思われます。え？　なぜ乙貴小史（おとぎしょうし）が平井呈一だと言えるのか？

　本書の目次のうしろ、「著者略歴」には「大正十二年早稲田大学英文科中退・爾来翻訳、創作、評論に従事して現在に至る。著書、少年国姓爺合戦物語、ワイルド童話集、メリメの手紙、怪談等。」と、これしか記してありません。乙貴小史の本名も誕生年も記載がなく、ただ早稲田の英文科を中退し、翻訳や創作、評論に従事しているという。確かにこれだけでは心もとありませんね。

　しかしながら、なにより紹介してある著作が決め手となりましょう。いずれも平井の訳業である『国姓爺合戦物語』（小山書店　少年少女世界文庫　昭和11）、『ワイルド童話集』（富山房百科文庫　昭和14）、『メリメの手紙』（春陽堂世界名作文庫　昭和8）、『怪談』（岩波文庫　昭和15年）と見事に合致しています。同じ時期に全く同じ訳業を、他の人がこなしているとはとうてい思われないのです。

　「乙貴小史」名義は他にみかけたことがなく、おそらくこの時だけのペンネームだったのでしょう。