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20.百年後の日本

20.百年後の日本
■□■百年後の日本■□■

『百年後の日本』(松谷与二郎著 昭和五年 光学堂)

 いまから百年後ではありません。大正一二年の百年後、という話です。
題名からも想像できますが、SF小説です。一種のユートピア小説といってもよいでしょう。ただ文学史に残る名作というわけではありません。問題作というほどでもない。ですので、ほとんどの方はご存じないでしょう。

 内容は大正一二年の関東大震災で、たまたま研究調査のために秩父の武甲山に来ていた小松春夫という青年が洞窟のなかで生き埋めになり、そのままの仮死状態になって一〇六年の後、つまり二〇二九年に発見され、科学の力で蘇生。未来世界で生きていくという内容です。未来での春夫の体験と、未来の日本人たちとの接触で、日本がどうやってこんな国になっていったか、というのを説明するのが小説の眼目。政治小説といってもいいかもしれませんね。

 小説のなかで二〇二九年の日本は洲単位になっています。市町村という枠はなくなっている。日本は六つの洲になっているんです。たとえば関東地方は第二洲。その洲庁にあたる東京では、皇居を中心にものすごく巨大な五〇のアパート、というか何千人も収容できる集合住宅に別れていて、その集合住宅を「閣」という言い方をしています。春夫は彩雲閣というところで暮らします。人々の日常生活や教育も、そうしたブロック単位で日々を暮らしている。書かれたのが昭和のはじめですから朝鮮や満洲も日本です。

 すでに私有財産は廃止されて、人々の労働時間は四時間。生活に関わる様々な制度も完備されていて、・・・・・・など等。やはり天皇制は存在するんですけど、全体として社会主義的なユートピアが実現した日本を描いている。その成立過程では血塗られた革命というようなドラマはない。この間に色々と波風はあったのですが、政治的に民主的に、ゆっくりゆっくり一〇〇年かけて理想の社会を実現してゆく。春夫と未来人との対話を通して、その理想社会への過程を語るのがこのテーマといってよいと思います。

 昭和のはじめという時期を考えると、この小説の構想はちょっと興味深いのですが、残念ながら小説的な面白さ、ドラマには欠ける、またちょっと未来社会が理想的にすぎて鼻につく。なんだかなー、という感じです。ひとつまちがったら北朝鮮かな、とも。結局、春夫君は蘇生してから一年の後、ばら色の社会生活のなか、献身的な看護をしてくれた桜子さんと結ばれて新婚旅行に旅立つという甘い結末で、小説としてそれほど面白くはありません。SF史に燦然と輝くという作品ではない。

 そんな作品なら紹介するまでもないじゃないか、と言われそうですが、実はこの作者、松谷与二郎さんという人がちょっと面白い。嶋田清次郎という作家はご存知だと思います。かの『地上』四部作で知られていますが、大正後期に若くして一世を風靡したこの嶋田清次郎の、文壇的な失脚の引き金となった事件、海軍少将の令嬢・舟木芳江監禁事件の、舟木さん側の弁護を担当したのが、実は松谷与二郎なんです。

 松谷はいわゆる人権派の弁護士ですが、この小説の内容でも想像できるように、後には日本大衆党の政治家になります。また、この松谷弁護士は、虎ノ門事件の犯人、アナキスト難波大介の国選弁護人のひとりでもありました。虎ノ門事件というのは大正十三年に、ステッキ仕込み銃による皇太子つまり後の昭和天皇暗殺未遂事件で、難波は即死刑判決となりました。この事件によって当時の山本権兵衛内閣は総辞職し、また難波の父である衆議院議員・難波作之進は自殺(餓死!)しています。

 この小説の内容からは、嶋田清次郎訴訟事件よりこちらの方が興味深いかもしれない。小説の設定である、青年が関東大震災に遭遇して仮死状態になったというのも、虎ノ門事件で死刑になった難波大介や、大正期のアナキストたちのことがちょっとひっかかってきます。急進的な彼等のことを側で見ていて、松谷弁護士はその純粋さや情熱に同情したのかもしれません。ただし行動には否定的だったのでしょう。これは想像ですが、死罪となった難波大介を未来に復活させ、作者なりの理想主義、穏健なユートピアへの道のりを提示してみようと考えたのではないだろうか、それがこの小説に結実したような感を受けるのです。

 もうひとつ、さらに面白いのは、この人の子供、末っ子が『龍の子太郎』『ちいさいモモちゃん』で知られる童話作家の松谷みよ子さんです。二男二女の末っ子だったようです。父親の与二郎氏は昭和一二年には亡くなっています。日本が戦争の道を走っていく、とばくちあたりですね。その末っ子が児童文学の大御所、松谷みよ子。さきほど作品が甘いとか理想的すぎるとか失礼なことを言いましたが、文学のなかでそうした“理想”が最も生かされるのは児童文学ではないでしょうか。与二郎氏の思いは、きっと娘である松谷さんにも受け継がれたのではなかろうか。

 勝手にそんなところまで想像を走らせるのはどうかとも思いますが、これもまた古書の魅力、古本屋の愉しみなのです。
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